光悦寺の由来はやはり本阿弥光悦?見どころや御朱印についても紹介
鷲ヶ峰や鷹ヶ峰などの鷹ヶ峰三山が連なる北区は、これらの山々を借景とする絶景の寺社仏閣が建ち並ぶエリアです。
中でも光悦寺は紅葉と新緑の美しさで名を知られたお寺です。
この記事ではそんな光悦寺の名称の由来や歴史、御朱印についてご紹介します。
光悦寺の歴史と由来
光悦寺(こうえつじ)は日蓮宗のお寺で山号は「大虚山」です。
ご本尊は十界曼荼羅です。
1615年に徳川家康が本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)に与えた土地がそのはじまりです。
本阿弥光悦は江戸時代の芸術家で、すぐれた書家でもあり「光悦流」の始祖ともいわれています。
もともと工芸を家業とする一族の生まれで、陶芸や刀剣、螺鈿、漆芸、絵画といったあらゆる芸術工芸分野に秀でていたと伝わっています。
本阿弥光悦は天才画家と呼ばれる俵屋宗達や工芸・絵画に優れた作品を残した尾形光琳と並び「琳派」と呼ばれる芸術の流れを生み出しました。
琳派の影響は日本芸術にとどまらず、海外でも高く評価されています。
本阿弥光悦は与えられた土地に一族と住むための屋敷の他、工房を構え先祖供養のためのお堂を設置しました。
そのため鷹ヶ峰一帯は芸術村としての機能を果たすことになったのです。
本阿弥光悦の死後にはお堂を中核にお寺が創建されました。
「光悦寺」の名称はこのように本阿弥光悦との縁が深いことから名付けられています。
現在でも本阿弥光悦をはじめ一族のお墓が光悦寺にはあります。
入園料は大人300円ですが、紅葉の季節には400円となります。
光悦寺の見どころといえば竹垣
光悦寺で見られる竹垣は「光悦垣」と呼ばれる本阿弥光悦の創作と呼ばれる編み方になっています。
竹を編んで菱形を連続して生み出す模様となっており、全国各地で見られる竹垣の編み方になります。
上部にゆるい曲線がくるのが特徴で、この曲線を生み出すための加工技術で職人さんの腕前が分かると言われています。
光悦寺はそんな光悦垣の発祥の地といえます。
素晴らしい庭園
あまり広いとは言えない参道を楓や紅葉が覆っているため、秋には鮮やかな色彩のトンネルを通って光悦寺に辿り着くことになります。
境内にはさらに美しい庭園が広がっており、鷹ヶ峰三山の紅葉や京都の市街地を一望できる絶好のロケーションです。
茶室も
光悦寺にはあわせて7つの茶室があります。
どれも大正時代のものですが、いずれもわび・さびを感じさせる作りです。
そのうちのひとつ、「大虚庵」はかつて本阿弥光悦が使用していた居室と伝わっています。
また巨人牛(ねうし)と呼ばれる独特な竹垣も必見です。
光悦寺の御朱印について
光悦寺の御朱印は1種類です。
「南無妙法蓮華経」の墨書きが入ります。
納経料は300円です。
光悦寺オリジナルデザインの御朱印帳は、深草色をベースにアクセントとして金色の紅葉の葉と寺名があしらわれたシックなデザインです。
サイズは16cm×11cmで初穂料1000円、御朱印代は別です。
御朱印と御朱印帳は光悦寺の拝観受付口で頂くことができます。
特に案内は出ていませんので、自分から「御朱印を頂きたいのですが」と申し出ましょう。
アクセス方法
光悦寺には参拝者専用の駐車場が10台分ほどあります。
利用は無料ですが、紅葉の季節は有料となります。
さらに有料でも人気のある観光地であるため、満車になっていることが多いです。
車で参拝する場合は時間に余裕をもってでかけたり早朝に出かける方がいいでしょう。
公共交通機関を利用する場合、市バスだと「鷹峯光悦寺前」下車、徒歩で約3分です。
京都駅前からタクシーに乗車した場合、混雑していない季節だと約30分ほどで到着します。
予算は4000円ほどです。
しかし近くにはやはり紅葉の名所として知られる源光庵があり、秋にはかなりの混雑となります。
まとめ
光悦寺の由来や見どころ、御朱印についてご紹介しました。
光悦寺は琳派に代表される江戸時代初期の芸術発展の中心地であり、現在では紅葉の名所として人気の場所です。
芸術の秋を感じるにはぴったりの名所だと言えるでしょう。
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