法案寺南坊の弁財天の御朱印の種類や値段について
「日本橋の聖天さん」の名称で親しまれているお寺が法案寺南坊です。
なぜ、そんな通り名がついているのか気になりますよね。
この記事ではそんな法案寺についてくわしくご紹介します。
歴史はもちろん、法案寺で頂ける弁財天の御朱印についてもお伝えします。
参拝の参考にどうぞ。
法案寺の歴史
法案寺(ほうあんじ)は高野山真言宗の寺院です。
山号は「志宜山」、正しくは法案寺南坊と呼びます。
ご本尊は薬師如来です。開基は聖徳太子と伝わっています。
6世紀頃、聖徳太子が志宜野にて仏法弘通の公案を行った場所であることから「志宜山法案寺」の名称がついたといわれています。
志宜野という地名は、現在の大阪市城東区鴫野に該当します。
法案寺はかつて現在とは異なる場所に鎮座していたわけですが、1583年に豊臣秀吉の大阪城築城に伴い馬場崎へと強制的に移転させられます。
さらに明治時代に入ると、廃仏毀釈の政策により全ての寺領を没収されてしまいます。
当時の住職は聖観音と歓喜天を持ち出し、1883年に現在の場所に法案寺を再建しました。
しかし太平洋戦争のときの空襲により本堂は焼失してしまいます。
奇跡的に聖観音と歓喜天は被害を免れ、現在でも法案寺に安置されています。
かつては大阪市城代の帰依を受け、広大な寺領を有してましたが現在ではとてもこじんまりとしたお寺になってしまいました。
それでも境内には水掛不動尊や地蔵菩薩、弁財天をお祀りする辨天堂などが鎮座しており、多くの人々が参拝に訪れています。
法案寺はなぜ「聖天さん」と呼ばれているの?
法案寺は「日本橋聖天」もしくは「日本橋の聖天さん」の名称で親しまれています。
これは法案寺に安置されている聖観音と歓喜天が人々の信仰を集めているためです。
歓喜天は「福寿愛」のご利益を授けてくれるといわれています。
「福」とは幸福を、「寿」とは健康で長生きすることを、「愛」とは男女の愛や友愛を指します。
どれも人生を豊に過ごすには必要不可欠なご利益として、崇拝の対象となってきました。
歓喜天は現在地に移転するまでは聖天堂に安置されていましたが、現在は聖観音とともに仮本堂に安置されています。
聖観音は普段は拝観できませんが、毎年初詣期間(1月1日~7日)には特別開帳が行われ、拝観することができます。
法案寺の御朱印
法案寺の御朱印は3種類あります。
「聖観音菩薩」の墨書きと「薬師如来」(摂津国八十八ヶ所霊場札所第1番)の墨書きに、「福寿愛」の文字が入った宝袋のスタンプがあしらわれたものと、「弁財天」(大阪七福神めぐり)の墨書きが入ったものの3種類です。
弁財天の御朱印は、大阪七福神めぐりの専用色紙に頂くと、弁財天のトレードマークである琵琶のスタンプがあしらわれます。
専用色紙は初穂料1500円です。
御朱印は仮本堂の隣にある納経所で頂くことができます。
御朱印の初穂料はそれぞれ300円です。
法案寺オリジナルデザインの御朱印帳は現在のところありません。
摂津国八十八ヶ所霊場めぐり専用の御朱印帳がありますのでそちらを利用するといいでしょう。
法案寺は第一番の札所ではありますが、専用御朱印帳は取り扱っていません。
大阪エリアでは四天王寺、総持寺、太融寺で手に入ります。
参拝の順番にご注意下さい。
アクセス方法
法案寺に参拝者専用の駐車場はありません。
車で参拝する場合は、周辺のコインパーキングをご利用下さい。
公共交通機関を利用する場合、大阪メトロ「日本橋駅」もしくは近鉄「日本橋駅」で下車し、 徒歩で約5分です。
まとめ
法案寺についてくわしくご紹介しました。
聖徳太子にまつわる歴史あるお寺ですが、様々な苦難を経てきた寺院でもあります。
幾度の困難を乗り越え現在に受け継がれてきた聖観音は秘仏ですが、お正月期間や大阪市の企画展示で特別開帳が行われる場合があります。
参拝する場合は時期に注意が必要です。
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