佐敷上グスクは城ではなくまるで神社!歴史での位置づけを知ろう
南城市には琉球王国の信仰の中心となる数々のパワースポットがあります。
中でも佐敷地区には琉球王国をうみだした中山王に関わる史跡がいくつかあり、佐敷上グスクもそのひとつです。
いったいどのような史跡なのでしょうか。
この記事では佐敷上グスクの歴史や行き方などについてくわしくご紹介します。
佐敷上グスクの歴史
佐敷上グスク(さしきうぃぐすく)は三山を統一し琉球王国を生み出した中山王・尚巴志とその父の居城だった城です。
敷地内からは中山王の支配した地域のみならず、勝連半島や海まで一望することができます。
軍事要塞としての城というよりも、居住地としての性格が強い建物です。
そのため他の城に見られる頑固な城壁はみられません。
周辺には馬天港や与那原港などがあり、外国との交易がさかんに行われていました。
この交易で得た鉄を農具として民に与えることで尚巴志は力を付け、やがて琉球王国を生み出したといわれています。
やがて尚巴志はこの佐敷上グスクから首里城へと移動しますが、首里城の建設には佐敷上グスクの城郭に使用されていた石を用いたといわれています。
佐敷上グスクには月代宮など見どころがたくさん
豊かな緑に包まれた佐敷上グスクは敷地全体が歴史的な史跡ですが、パワースポットも複数存在しています。
佐敷上グスクの主な見どころは次のようなものがあります。
月代宮
琉球王国の守護神「つきしろ」の名を冠した建物で、尚氏一族の先祖を神として祀っています。
特に佐銘川大主・尚思招・尚巴志・尚忠・尚思達・尚金福・尚泰久・尚徳の8体を祀り、1938年に創建されました。
境内には鳥居がたち、まるで神社のような外観をもちます。
月と対になるのは太陽ですが、場天ノロがその太陽神の依り代を務めていました。
場天ノロは尚巴志の祖父にあたる佐銘川大主の娘が務めたことでも知られています。
尚氏の統治者としての権威付けに用いられた歴史的に重要な施設です。
上グスク之嶽
「スデツカサノ御イベ」「若ツカサノ御イベ」の二柱を祀っており、「東御廻り」の拝所のひとつです。
沖縄に鎮座する城の多くは聖地である御嶽を中心に築城されており、この上グスク之嶽も佐敷上グスクの信仰の中心となる重要なパワースポットといえます。
アクセス方法
佐敷上グスクは佐敷小学校の裏手側にある丘陵地帯に鎮座しています。
那覇空港からは車で約40分、国道331号線沿いにあります。
最寄りのインターチェンジは「南風原北IC」で、インターチェンジからは国道329号線からは約8㎞、約11分です。
駐車場は無料ですので、車での参拝がおすすめです。
まとめ
琉球王国の前身となった中山の王の居城、佐敷上グスクについてくわしくご紹介しました。
一族の先祖を神としてお祀りする月代宮をはじめ、多くのパワースポットが集まる場所でもあります。
琉球王国の歴史や宗教の在り方を理解する上で貴重な遺跡となっており、ぜひ一度は訪れてもらいたい場所です。
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