沖縄に伝わる風習をご紹介!生年祝いって何だろう
日本列島は南北に長く、各地域の気功や風習にかなりの多様性があります。
本土から遠く海を隔てた位置にある沖縄は、本土からの影響はもちろん西南諸島やアジア各地の影響を受けながらも独特の文化へと発展させていきました。
そのため本土ではなかなかみかけない風習も数多くあります。
この記事ではそんな風習の中から「生年祝い」についてご紹介します。
生年祝いは沖縄ならではの風習
生年祝い(トゥシビー)とは、自分の産まれた年の干支と同じ年を祝う風習です。
干支は12年に一度巡ってくるので、12年に一度のお祝いと呼べます。
生年祝いは旧暦の1月2日~13日の間に家族や親戚一同を集めて行われます。
基本的には数え年をベースに行われるものです。
つまり最初の生年祝い(トゥシビー)は13歳、次は25歳、37歳、49歳、61歳、73歳、85歳、97歳といった具合です。
97歳だけは長寿を祝う意味も込めて特別なお祝いとなり、旧暦9月7日にお祝いを行います。
現在は健康や長寿を祝うおめでたい風習となっていますが、沖縄では大正時代までは干支が同じ生まれ年は「厄年」と考えられていたようです。
そのため生まれ年には厄払いの祈願を行っていましたが、それがいつしかこれまでの無事と今後の無病息災を祈るお祝いの席に変化していきました。
長寿のお祝いですので、年齢を重ねる毎にお祝いは華やかになっていく傾向があるようです。
ホテルやレストラン、写真館では生年祝いの様々なプランが用意されており、沖縄の人々の生活に根付いた風習であることがよく分かります。
生年祝いにも色々な種類がある
12年に一度おとずれる生年祝いですが、年齢によっては特別な意味をもつ場合があります。
どんな意味があるのかご紹介します。
十三祝い
人生で初めて迎える13歳での生年祝いを指します。
特に女の子の十三祝いは華やかに行われ、男女ともに着物を新調する習わしがあったとされます。
13歳は日本本土でも男子が元服を迎える年でもあり、大人の仲間入りを果たすと考えられていました。
沖縄で女の子の十三祝いが特に重視されていたのは、結婚年齢が早かったためです。
親元で行う最後のお祝いであることが多かったため、大切な娘のために華やかな食事の席や着物が用意されたんだとか。
カジマヤー
97歳で迎える生年祝いをカジマヤーと呼びます。
長寿県でもある沖縄でも、やはり97歳まで長生きする人はそう多くありません。
またこの年齢を超えると子供に戻っていくとも考えられています。
そのためカジマヤーは盛大に祝うのです。
カジマヤーは黄金の特別な衣装を使用し、じつに豪華絢爛な式を行います。
これには琉球王国下での「97歳を越えて生きる人は神の特別な意思がはたらいたからである」という信仰心に由来しているためです。
カジマヤーを迎えた古老は、まさに「生き神様」なのです。
生年祝いは基本的に家族や親族に向かって行われますが、カジマヤーともなると地域の一大行事になります。
現代のカジマヤーはオープンカーが用意され、町中を練り歩くことになります。
さらにエイサーが奉納されるなど町はお祭り並みの大騒ぎとなります。
黄金の衣装を纏ったカジマヤー行列を見てみたいひとは、ぜひとも旧暦9月7日に沖縄を訪れてみて下さい。
生年祝いの注意点
生年祝いは本来は「厄年」にあたる生まれ年に行われます。
そのため、生年祝い以外のお祝い事はその年には避ける傾向があります。
たとえば結婚式や新しく家を建てるなど、人生を左右するような決断を下すことも避けます。
生年祝いは12年に一度巡ってくる心機一転の契機ととらえると、一年間は厄を避け静かに過ごした方が良いのかもしれません。
まとめ
沖縄に伝わる風習「生年祝い」についてご紹介しました。
生まれ年にあたる12年に一度の干支の年に行われるお祝いで、人生の節目になります。
かつては厄年と考えられていましたが、現在では長寿を重ねていくお祝いとなっています。
歳を重ねることにありがたみを感じる、沖縄ならではの風習と呼べます。
年齢を重ねれば重ねるほどに家族や親族、そして地域の人々に盛大に祝ってもらえるのってなんだか人生が楽しくなってきますよね。
素敵な風習です。
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